住職の論文集 本文へジャンプ
幸福の入り口

 日本では、十年以上にわたり、年間三万人を超す自殺者を出している。
 駅で列車を待っていると「○○駅で人身事故のため、遅れが出ています」というアナウンスをしょっちゅう聞くようになった。かつてなかったことである。昔は、鉄道自殺があれば、誰しも自殺者がおかれた悲惨な境遇に思いをいたし、あわれに思ったり身震いしたものだが、今ではホームにいる人々は「またか」という反応でしかない。
 その一方では、不況といわれながら、何万円もする福袋が一瞬で売り切れたり、高級レストランのグルメブームが報道されている。日本は、確実に壊れ始めているなと思う。
 しかし、マスコミは「中国に抜かれ、韓国に遅れをとる。日本はダメになってしまった」と経済的な優劣しか報道しない。そもそも経済が一位だから幸福だ、エライのだという物差しが問違いであることに気が付かない限り日本の未来はないと思う。
 一橋大学で社会思想史を教えていた良知力氏は、オーストリアのウィーン留学時に交流のあったグレーテという障害を持つ女性が「ウィーン子はね、苦しみや悲しみみたいなものはシュトラウスを歌いながらみんな喉の中に流し込むのよ」と語ったという話を書いている。そのしなやかで強い心こそ日本人に必要なものではないか。
 仏教ではさしずめ「和顔愛語」であろう。自分自身はもちろん、他者を勇気づけ、温かく包み込むために必要な心構えだと思う。それが幸福の入り口になると信じている。

「「天台ジャーナル」